HOME京都謡曲史跡案内(曲別索引)経 政(経 正)

経 政(経 正)

観世・金剛は〈経正〉と記す

平経正

平経正(『考証前賢故実』より)

作者:不明
季節:9月
舞台:御室御所
分類:2番目物
出典:『平家物語』巻7

シテ:平経正の幽霊
ワキ:行慶

内 容

仁和寺の行慶は、守覚法親王の命により、一の谷の合戦で自刃した平経正の菩提を弔うため、生前の愛器であった琵琶・青山を仏前に供えて管絃講を催す。その夜、経正の幽霊が現れ、琵琶を手にとり奏で、夜遊の舞を舞う。しかし修羅の苦しみが襲い、人目に映ることを恥じて灯を消そうとして、消え去る。

補記

『平家物語』(延慶本、長門本など)では、平経正は、守覚法親王に仕え、琵琶・青山も、守覚法親王から賜り、平家都落ちに際して返上したことになっている。しかし、史実では、平経正が稚児として仕え、琵琶を賜ったのは、先代の覚性入道親王である(『左記』)。覚性入道親王は、平家都落の時には、すでに亡くなっている。

ゆかりの史跡

仁和寺は、御室(おむろ)という通称で知られています。仁和寺の門跡(もんぜき)は皇族が勤めることが恒例となっていましたので、仁和寺は御室御所ともいわれました。この能で登場する守覚法親王の御所となったのは、仁和寺の子院である北院(喜多院)でした。北院は後世廃絶しましたが、京都市右京区宇多野北ノ院町という地名に名残りがのこっています。経正の幽霊が登場したのも、この北院だったのかも知れません。また、平経正が幼少期を過ごしたと考えられる覚性入道親王の御所は「紫金台寺御所」と呼ばれていました。この御所は「泉殿」の別名を持っていました。現在の京都市右京区鳴滝泉殿町あたりがこの跡地であるとされています。いずれも何も残っていませんが、町名をたよりに訪ねてみたいものです。
参考文献:杉山信三「仁和寺の院家建築」『院家建築の研究』、古藤真平「仁和寺の伽藍と諸院家」上『仁和寺研究』第1輯


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